根室半島チャシ跡群

ねむろはんとうちゃしあとぐん
(北海道)

北海道根室市にある24ヵ所のチャシ跡の総称。16世紀から18世紀にかけて造営されたものといわれている。チャシとは主に近世にアイヌが築造したある種の施設の名称である。日本100名城(1番)の一つ。チャシとは山の上にあって割木の柵を巡らせた施設を指す語であるとされる。

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五稜郭

ごりょうかく
(北海道)

江戸時代末期に現在の北海道函館市に建造された星形の城郭。1866年、徳川家定の命により築造された。建造中の名称は亀田御役所土塁、完成後の名称は箱館御役所。日本100名城(2番)の一つ。当時日本で建造された星形の城郭を「五稜郭」と通称するが、一般に「五稜郭」といえば函館のそれを指すことが多い。

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松前城

まつまえじょう
(北海道)

北海道渡島総合振興局管内松前町にあった城。1606年(慶長11年)、松前崇広が築城。石田城と並び日本における最後期の日本式城郭。日本100名城(3番)の一つ。別名・福山城(ふくやまじょう)。1606(慶長11)年、松前家の初代藩主・松前慶広がこの地に築城。

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弘前城

ひろさきじょう
(青森県)

青森県弘前市にある城。1611年、津軽為信・信枚に築城。江戸時代には弘前藩津軽氏47,000石の居城として、津軽地方の政治経済の中心地となった。江戸時代に建造された天守や櫓などが現存する。日本100名城(4番)の一つ。別名・鷹岡城、高岡城。江戸時代には津軽氏が居城し弘前藩の藩庁がおかれた。

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根城

ねじょう
(青森県)

青森県八戸市根城にある城。1334年南部師行により築城。「陸奥における南朝方の根本になる城」となるようにと名付けられたと言われている。日本100名城(5番)の一つ。本丸・中館・東善寺・岡前舘・沢里館の5つの館(曲輪)が連なる連郭式の平山城。

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盛岡城

もりおかじょう
(岩手県)

岩手県盛岡市にあった城。1598年南部信直により築城。盛岡藩南部氏の居城で連郭式平山城。日本100名城(6番)の一つ。源頼朝が平泉の奥州藤原氏を討った時、南部氏は戦いの功績で二戸、三戸地方の地頭に任じられた。26代信直の時代に、豊臣秀吉の築城の許可を得て、南端の盛岡に築城。当時の朱印状が現在も大切に保管されている。

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多賀城

たがじょう
(宮城県)

宮城県多賀城市にあった城。724年(神亀元年)に陸奥国府・鎮守府として創建された。その際、陸奥按察使である大野東人が築城したとされ、当時は東北地方の政治・軍事の中心地だった。日本100名城(7番)の一つ。国の特別史跡、日本三大史跡の一つでもある。

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仙台城

せんだいじょう
(宮城県)

宮城県仙台市青葉区にある平山城。1601年に伊達政宗が築城した仙台城は約2万坪で、徳川家康の江戸城に次ぐ大きさを誇り、全国最大級の城であった。日本100名城(8番)の一つ。本丸と西の丸からなる山城であり、天守台はあるが天守は持たなかった。青葉山に位置することから、「青葉城」という雅称を持ち、一般的にもその名で呼ばれる事が多い。

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久保田城

くぼたじょう
(秋田県)

秋田郡久保田にあった平山城。1604年、佐竹義宣により築城。出羽国へ国替えとなった佐竹氏二十万五千八百石の居城であった。石垣がほとんどなく堀と土塁を巡らし、天守閣をもたなかった。日本100名城(9番)の一つ。天守閣を造らなかったのは、国替えによる財政事情や幕府への軍役奉仕、徳川幕府への遠慮などが原因であると考えられている。1871年(明治4年)久保田藩を秋田藩、城下の久保田町を秋田町と改称。

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山形城

やまがたじょう
(山形県)

山形県山形市霞城町にあった城。別名で霞城(かじょう)、霞ヶ城(かすみがじょう)と呼ばれる。延文元年(1356)斯波兼頼により、創建されたと伝えらている。日本100名城(10番)の一つ。最上氏11代当主義光の代に、関ヶ原合戦の戦功により、57万石の大々名となり、実質100万石の城下町として山形は繁栄した。

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二本松城

にほんまつじょう
(福島県)

福島県二本松市郭内にある城。別名、霞ヶ城・白旗城と呼ばれる。室町時代中期に奥州探題を命じられた畠山満泰が築造し、以後畠山氏歴代の居城として、140年余り続いた。その後天正十四年(1586)伊達正宗の南奥制覇のために落城した。江戸時代は二本松藩主丹羽氏の居城となった。日本100名城(11番)の一つ。

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若松城

わかまつじょう
(福島県)

福島県会津若松市にある城である。地元では一般的に鶴ヶ城(つるがじょう)といい、地元以外では会津若松城と呼ばれることも多い。当初は黒川城と称し1384年(至徳元年)に芦名直盛が最初に築城したと言われている。日本100名城(12番)の一つ。文献史上では黒川城(くろかわじょう)、会津城とされることもある。国の史跡としては、若松城跡(わかまつじょうあと)の名称で指定されている。

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白河小峰城

しらかわこみねじょう
(福島県)

福島県白河市にあった城。単に白河城または小峰城ともいう。盛岡城、若松城とともに東北三名城のひとつにも数えられている。南北朝時代の1340年に、結城親朝が小峰ヶ岡に築城して小峰城と名づけたのが始まりとされる。日本100名城(13番)の一つ。

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水戸城

みとじょう
(茨城県)

茨城県水戸市三の丸にあった連郭式平山城。建久年間(1190年-1198年)に馬場資幹が築城したといわれている。江戸時代は、徳川御三家の一つ水戸徳川家の居城であった。日本100名城(14番)の一つ。石垣がなく、全て土塁と空堀で構成されていた。天守は建造されず、3重5階建ての御三階櫓があった。

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足利氏館

あしかがしやかた
(栃木県)

栃木県足利市にある室町幕府を開いた足利氏の居館跡。建久7年(1196)に2代目の足利義兼が創建。 現在その敷地全体が足利氏の氏寺である鑁阿寺となっている。日本100名城(15番)の一つ。足利氏館は、足利氏の祖の源義康が、この足利庄に居館を構えたことに始まる。文暦元年(1234)には、3代目の足利義氏が堂塔伽藍を建立。楼門は永禄7年(1564年)に足利義輝による再建。太鼓橋は江戸時代安政年間の再建。

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箕輪城

みのわじょう
(群馬県)

群馬県高崎市箕郷町にある平山城跡。1512年(永正9年)長野業尚によって築城。1598年(慶長3年)に高崎城へ移った事で箕輪城は廃城となり、廃材が高崎城に利用されたと言われている。日本100名城(16番)の一つ。

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新田金山城

にったかなやまじょう
(群馬県)

群馬県太田市にあった連郭式山城。別名「金山城」、「太田金山城」。1469年(文明元年)、岩松家純により築城。関東七名城の一つとされ、日本100名城(17番)の一つ。標高235.8メートルの金山の頂上にある山城であり、現在は本丸跡とされている地点に新田神社がある。

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鉢形城

はちがたじょう
(埼玉県)

埼玉県大里郡寄居町にあった連郭式平山城。1476年(文明8年)、長尾景春によって築城されたと伝えられている。豊臣秀吉による「小田原攻め」では、北条氏邦よる1ヶ月余りにもおよぶ籠城戦が行われた。日本100名城(18番)の一つ。関東地方において有数の規模を誇り、北関東支配の拠点、甲斐・信濃からの侵攻への備えとして重要な役割を担っていた。

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川越城

かわごえじょう
(埼玉県)

埼玉県川越市にあった平山城。1457年(長禄元年)、太田道真、道灌の父子により築城され、主君扇谷上杉氏の居城となった。川越城をめぐる川越夜戦(1546年)は、北条氏躍進の引き金になった。関東七名城の一つとされ、日本100名城(19番)の一つ。江戸時代には川越藩の藩庁が置かれ、老中の居城と位置付けされていた。

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佐倉城

さくらじょう
(千葉県)

千葉県佐倉市にあった連郭式平山城。天文年間(1532-1553)、千葉親胤の命により鹿島親幹が築城を開始したが完成しなかった。1610年、徳川家康の命により、江戸東方を守る重要拠点とし土井利勝により築城が再開し、6年余りかけて佐倉城が完成した。日本100名城(20番)の一つ。

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江戸城

えどじょう
(東京都)

東京都千代田区にあった輪郭式平山城。1457年、太田道灌により築城。徳川家康が江戸城に入城した後は徳川家の居城、江戸幕府の開幕後は幕府の政庁となる。1948年に皇居と改称。日本100名城(21番)の一つ。江戸時代においては江城(こうじょう)という呼び名が一般的だったと言われ、また千代田城(ちよだじょう)とも呼ばれる。

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八王子城

はちおうじじょう
(東京都)

東京都八王子市元八王子町にあった山城。1587年(天正15年)頃、北条氏照により築城。小田原城の支城であり、関東の西に位置する軍事上の拠点であった。日本100名城(22番)の一つ。安土城を意識して作られたという説もある。1590年(天正18)に豊臣軍によって1日で落城した。

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小田原城

おだわらじょう
(神奈川県)

神奈川県小田原市にある城。1417年(応永24年)、大森頼春が築城。その後戦国大名小田原北条氏の居城となってから関東支配の中心拠点として次第に整備拡張され、豊臣氏の来攻に備えた城下を取り囲む大外郭の出現に至って城の規模は最大に達し、前例を見ない巨城に発展した。日本100名城(23番)の一つ。

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武田氏館

たけだうじやかた
(山梨県)

山梨県甲府市古府中にあった連郭式平城。1519年(永正16年)、武田信虎により築城。別名「躑躅が崎館」(つつじがさきやかた)と呼ばれる。武田信虎、信玄、勝頼と3代60年余り府中として機能した。日本100名城(24番)の一つ。甲斐源氏武田氏の本拠地で、居館と家臣団屋敷地や城下町が一体となっている。

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甲府城

こうふじょう
(山梨県)

山梨県甲府市にあった城。1583年(天正11年)、徳川家康により築城。その起源は武田信虎が居館・躑躅ヶ崎館を防御するために築いた出城・一条小山城といわれる。日本100名城(25番)の一つ。別名:舞鶴城。武田氏の躑躅ヶ崎館を廃して甲府を統治するために築城した徳川時代のもの。天守閣の有無は不明。

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松代城

まつしろじょう
(長野県)

長野県長野市松代町松代にあった郭(輪郭式平城)。1560年(永禄3年)、武田信玄が築城。高坂昌信を城将とした。当初「海津城」と呼ばれ、武田氏北信の要の城であった。日本100名城(26番)の一つ。江戸時代には松代藩主・真田家の居城であった。信州随一の大藩の城となったが、外様のため城の規模は拡張されなかった。

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上田城

うえだじょう
(長野県)

長野県上田市二の丸にあった城。1583年(天正11年)、甲斐武田氏の旧臣である真田昌幸が築城。真田昌幸が二度に渡る徳川軍の攻撃を撃退した上田合戦が行われたことで有名。日本100名城(27番)の一つ。別名・尼ヶ淵城、真田城。江戸時代には上田藩の藩庁が置かれ、真田氏が信濃国松代へ転封された後は仙石氏が信州小諸から入場する。その後、仙石氏が但馬出石に移封し、明治まで松平氏の居城となる。

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小諸城

こもろじょう
(長野県)

長野県小諸市にある城跡(平山城)。1487年(長享元年)、大井光忠が築城した鍋蓋城が始まりとされる。1543年(天文12)、東信濃に侵攻した武田信玄により整備が進められ、山本勘助の縄張りと言い伝えられている。日本100名城(28番)の一つ。千曲川によって削られた深い谷を空堀とした要害堅固の城で城下町から見て低い位置に築城されているのも特徴の1つ。

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松本城

まつもとじょう
(長野県)

長野県松本市にある城。築城は1504-21年と伝えられ、小笠原貞慶が整備拡充し、城下町の形を変えたのは1582年。現存する天守を築造したのは石川康長で、1593-4年頃といわれている。日本100名城(29番)の一つ。本城と呼ばれる以前は深志城(ふかしじょう)といった。市民からは別名烏城(からすじょう)とも呼ばれている。

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高遠城

たかとおじょう
(長野県)

長野県伊那市高遠町にあった城(平山城)。別名「兜山城」。1179年(治承3年)、笠原平吾頼直が築城との説がある。桜の名所でもある。日本100名城(30番)の一つ。1547年(天文16年)、武田晴信(信玄)によって攻略され、山本勘助と秋山信友が大改修を行い現在見られる城郭の原形が築かれた。勘介曲輪という郭が残っており、山本勘介の存在を示唆している。

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新発田城

しばたじょう
(新潟県)

新潟県新発田市にある城(平城)。別名、菖蒲城(あやめじょう)。築城年は不明で、鎌倉時代初期に新発田氏が築いたの始まりとされる。新発田藩(藩主は溝口氏)の藩庁が置かれていた。日本100名城(31番)の一つ。櫓の壁は日本海側の城郭建築で見られる海鼠壁が採用され積雪対策となっている。

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春日山城

かすがやまじょう
(新潟県)

新潟県上越市にあった城(連郭式山城)。1381年(永徳元年)に時の越後守護代長尾高景が築いたのが始まりとされている。上杉謙信はこの春日山城で生まれ、生涯ここを居城とした。日本100名城(32番)の一つ。長尾為景、晴景、上杉謙信(長尾景虎)、上杉景勝の四代の居城となりその都度増改築された。

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高岡城

たかおかじょう
(富山県)

富山県高岡市古城にあった城。1609年(慶長14年)、加賀藩2代藩主の前田利長が築城。築城の名手として有名な高山右近が縄張したと伝承されている。桜の名所としても有名。日本100名城(33番)の一つ。利長公は、「詩経」の一節からこの地を「高岡」と名付ける。元和元年(1615)、城は一国一城令により廃城となりましたが、三代利常公は、利長公の意をくみ、城郭の基本構造を残した。

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七尾城

ななおじょう
(石川県)

石川県七尾市古城町にあった大規模な山城。1428年-1429年(正長年間)、畠山満慶が築城と思われている。上杉軍と畠山軍の七尾城の戦いでも有名。日本五大山城の一つ。日本100名城(34番)の一つ。石動山系の北端の標高310mほどの尾根上にあり、その尾根から枝分かれする行く筋もの大小の尾根にも無数の砦を配置した大規模な山城。

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金沢城

かなざわじょう
(石川県)

石川県金沢市丸の内にあった城。1580年(天正8年)、佐久間盛政が築城。1583年に前田利家が入城し1869年(明治2年)まで加賀藩前田家14代の居城であった。日本100名城(35番)の一つ。金沢城はその後終戦まで陸軍の拠点として用いられ、その後1996年まで金沢大学キャンパスとして利用されていましたが1996年から金沢城公園として一般に開放されるようになった。

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丸岡城

まるおかじょう
(福井県)

福井県坂井市丸岡町霞にあった城。別名、霞ヶ城。1576年(天正4年)、一向一揆の備えとして織田信長の命により柴田勝豊が築城。現存天守閣では最古とされている。日本100名城(36番)の一つ。柴田勝豊の後、城主は安井家清・青山宗勝・青山忠元を経て慶長18年(1613年)に本多成重に代わったが本多氏は4代で改易。1695年(元禄8年)、越後糸魚川から有馬清純が5万石で入城し、幕末に至るまで8代続いた。

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一乗谷城

いちじょうだにじょう
(福井県)

福井県福井市城戸ノ内町にあった城。南北朝時代(1336-1392年)、朝倉氏によって築城されたと考えられている。朝倉氏5代、約100年の居城であった。日本100名城(37番)の一つ。足羽川の支流一乗谷川に沿って開けた細長い一乗谷に築かれた朝倉館、その背後の一乗山に築かれた詰め城から成り立っていた。

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岩村城

いわむらじょう
(岐阜県)

岐阜県恵那市岩村町にあった城。別名:霧ヶ城。源頼朝の重臣加藤景廉が1185年(文治元年)によって築かれたと伝えられている。本丸は海抜721メートルあり、日本の山城の中で最も高地にある。日本三大山城の一つに数えられている。日本100名城(38番)の一つ。

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岐阜城

ぎふじょう
(岐阜県)

岐阜県岐阜市の金華山(稲葉山)山頂にあった城。1201年(建仁元年)、鎌倉幕府執事二階堂行政が築城。難攻不落の城としても知られ、斎藤道三、織田信長の居城であった。日本100名城(39番)の一つ。『美濃を制すものは天下を制す』と言われるほどであった。信長は「井の口」と呼ばれていた地名を「岐阜」に、「稲葉山城」を「岐阜城」に改めたといわれている。

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山中城

やまなかじょう
(静岡県)

静岡県三島市山中新田にあった城。永禄年間(1558年-1570年)、北条氏康が築城。豊臣秀吉の小田原攻めに備えるため天正年間に大改修が行われた広大な山城で、小田原城の支城として位置づけられる。日本100名城(40番)の一つ。自然の地形を利用した堅固な城であったが、天正18年(1590)秀吉、秀次軍による総攻撃の前にわずか1日で落城。北条氏滅亡と共に廃城となる。

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駿府城

すんぷじょう
(静岡県)

静岡県静岡市葵区(駿河国安倍郡)にあった城。別名、静岡城。1585年(天正13年)、徳川家康が浜松城より居城を移して築城。江戸時代初期、家康は徳川秀忠に将軍職を譲り、大御所となって江戸から駿府に隠居した。日本100名城(41番)の一つ。建物遺構は現存していないが、駿府公園の南東側には木造で復元された東御門と巽櫓(たつみやぐら)があり、一般公開されている。

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掛川城

かけがわじょう
(静岡県)

静岡県掛川市掛川にあった城。文明年間(1469年–1487年)に朝比奈泰煕が築城したとされている。山内一豊が初めてこの城の天守閣を建てた時は、「東海の名城」とうたわれたという。日本100名城(42番)の一つ。戦国時代には、山内一豊が城主として10年間在城した。一豊は大規模な城郭修築を行い、天守閣、大手門を建設するとともに、城下町の整備や大井川の治水工事などに力を注いた。

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犬山城

いぬやまじょう
(愛知県)

愛知県犬山市にあった城。1469年(文明元年)、織田信長の叔父である織田広近が築城。築城当時の木材が多く残され、現存する最古の木造天守閣。尾張(愛知県)と美濃(岐阜県)の国境に位置するため、戦国時代を通じて国盗りの要所となった。日本100名城(43番)の一つ。江戸時代は尾張藩付家老の成瀬正成が城主となり、幕末まで続く。明治維新による廃藩置県のため、この城は愛知県所有となる。

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名古屋城

なごやじょう
(愛知県)

愛知県名古屋市中区・北区にあった城。1609年(慶長14年)、徳川家康が天下統一の最後の布石として築城。 江戸幕府が体制を確立する激動の時代に、濃尾平野を見晴るかす高台に忽然と巨大な城郭が誕生。日本100名城(44番)の一つ。通称、「金鯱城」、「金城」とも呼ばれた。

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岡崎城

おかざきじょう
(愛知県)

愛知県岡崎市康生町にあった城。別名、龍城。1452年(享徳元年)、三河守護代・西郷稠頼・頼嗣が築城。徳川家康が生まれた城として有名で、江戸時代は「神君出世の城」として神聖化された。日本100名城(45番)の一つ。岡崎市の北部にある大樹寺の正門から岡崎城を観ることができる。これは3代将軍家光の「この間には大きな建物を建ててはいけない」という遺訓が、今でも守られている。

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長篠城

ながしのじょう
(愛知県)

愛知県新城市長篠にあった城。1508年(永正5年)、菅沼元成が築城。元成と、その子孫・長篠菅沼氏が居城とする。長篠の戦いのきっかけとなった城で有名。日本100名城(46番)の一つ。天正4年(1576年)前年の長篠城の攻防戦で城が大きく損壊したこともあり、奥平信昌は新城城を築城、長篠城は廃城となる。

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伊賀上野城

いがうえのじょう
(三重県)

三重県伊賀市上野丸之内にあった城。1585年(天正13年)、筒井定次が築城。その後、築城の名手、藤堂高虎が高さ30mあまりもある本の丸西側の高石垣で囲む等、大拡張を行う。日本100名城(47番)の一つ。別名、上野城、白鳳城。定次を失政を理由に改易、藤堂高虎が伊賀・伊勢の城主として伊予今治城から移り、自ら縄張を指図、本丸を30mの高石垣で囲み、筒井古城を大拡張した。

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松阪城

まつさかじょう
(三重県)

三重県松阪市殿町にあった城。1588年(天正16年)、蒲生氏郷が築城。氏郷はこの城を、吉祥の木である松と秀吉の居城大坂城から一字を拝領して「松坂城」と命名した。独立丘に造られた典型的な戦国期の城。日本100名城(48番)の一つ。江戸時代初期には松坂藩の藩庁となっていたが、廃藩後は御三家紀州藩の南伊勢国内17万9千石を統括するために城代が置かれた。現在は石垣のみが残っており、城址公園となっている。

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小谷城

おだにじょう
(滋賀県)

滋賀県長浜市湖北町伊部にあった城。1575年(天正3年)、浅井亮政が築城。浅井家3代50年あまりにわたって小谷山全域に築かれ、日本五大山城の一つに数えられる。浅井長政とお市の方との悲劇の舞台として語られることが多い。日本100名城(49番)の一つ。

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彦根城

ひこねじょう
(滋賀県)

滋賀県彦根市金亀町にあった城。別名、金亀城。1622年(元和8年)、井伊直継が築城。幕末安政の大獄で有名な彦根藩十三代藩主である大老井伊直弼など、時代と共に幕府の中核となる人物を輩出した徳川家譜代の井伊氏三十五万石14代の居城。日本100名城(50番)の一つ。天守が国宝指定された四城の一つに数えられる。

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安土城

あづちじょう
(滋賀県)

滋賀県近江八幡市安土町下豊浦にあった城。1576年(天正4年)、織田信長が築城。丹羽長秀を普請奉行にして、山に「安土寺」があったことから、この地を安土と改名し、3年後に完成した。現在、石垣のみが残っている。日本100名城(51番)の一つ。

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観音寺城

かんのんじじょう
(滋賀県)

滋賀県近江八幡市安土町にあった城。建武二年(1335年)、佐々木氏頼が築城したと考えられている。標高443mの繖山(観音寺山)に築かれた近江国守護佐々木六角氏の居城。屈指の典型的な巨大山城で、日本五大山城の一つに数えられている。日本100名城(52番)の一つ。

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二条城

にじょうじょう
(京都府)

京都市中京区二条通堀川西入二条城町にある城。1603年(慶長8年)、徳川家康が上洛時の宿舎として築城。幕末最後の将軍となった第15代徳川慶喜が、二の丸御殿大広間一の間で諸大名を集めて大政奉還を発布したことで有名。日本100名城(53番)の一つ。

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大坂城

おおさかじょう
(大阪府)

大阪市中央区にあった城。1583年羽柴秀吉(のちの豊臣秀吉)が、石山本願寺跡地に築城開始。完成に1年半を要した本丸は、石山本願寺跡の台地端を造成し、石垣を積んで築かれたもので、巧妙な防衛機能が施された。日本3名城の一つに数えられ、日本100名城(54番)の一つ。現在の天守閣は、1931年に再建された3代目で、現在は“大阪城公園”として整備されている。姫路城、熊本城と共に日本三名城の一つ。

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千早城

ちはやじょう
(大阪府)

大阪府南河内郡千早赤阪村大字千早にあった城。1332年(元弘2年、正慶元年)、楠木正成が築城。鎌倉幕府の大軍を僅か千人足らずの小勢で奇策を用いての攻撃により100日に及ぶ千早城籠城戦を行ったことで有名。日本100名城(55番)の一つ。

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竹田城

たけだじょう
(兵庫県)

兵庫県朝来市和田山町竹田にあった城。別名、虎臥城。1431年(永享3年)、山名宗全が築城したと伝えられている。城下から遥か高く見上げる山の頂に位置し、しばしば円山川の川霧により霞むことから、「天空の城」の異名をもつ。日本100名城(56番)の一つ。標高353.7メートルの古城山(虎臥山)の山頂に築かれ、日本のマチュピチュとも呼ばれる。

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篠山城

ささやまじょう
(兵庫県)

兵庫県篠山市北新町にあった城。1609年(慶長14年)、徳川家康が築城。普請奉行に池田輝政が命じられ、築城の名手、藤堂高虎の縄張りにより西国大名の天下普請で築かれた。日本100名城(57番)の一つ。篠山城には、天守台が築かれたが天守は建てられなかった。

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明石城

あかしじょう
(兵庫県)

兵庫県明石市にあった城。1618年(元和4年)、小笠原忠真が築城。大坂の陣の戦功により、小笠原忠真が10万石を与えられ、信濃松本から船上城に入城する。城郭を建設するよう2代将軍徳川秀忠の命により築城。日本100名城(58番)の一つ。別名、喜春城、錦江城。築城にあたっては、忠真の舅姫路城主本多忠政が縄張り・築城工事に応援している。

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姫路城

ひめじじょう
(兵庫県)

兵庫県姫路市にあり、別名白鷺(しらさぎ)城。1931年に国宝、1993年ユネスコの世界文化遺産に指定。築城者は南北朝時代・1346年の赤松貞範とする説が有力。日本100名城(59番)の一つ。17世紀初頭の城郭を代表する姫路城は、1346年に造られた、元々は小さな城でした。その後1580年に当時羽柴秀吉と名乗っていた、後の豊臣秀吉が、対毛利の拠点とするために譲り受けて改築。

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赤穂城

あこうじょう
(兵庫県)

兵庫県赤穂市にあった城。1648年、浅野長直が築城。銃砲撃戦を意識した設計となっており、十字砲火が可能なように稜堡に良く似た横矢掛かりが数多く用いられている。浅野長矩の代、「忠臣蔵」の物語として有名な刃傷沙汰が起こる。日本100名城(60番)の一つ。

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高取城

たかとりじょう
(奈良県)

奈良県高市郡高取町高取にあった城。1332年(元弘2年)、越智邦澄が築城したと伝えられている。江戸時代は高取藩の藩庁であった。日本三大山城の一つに数えられ、日本100名城(61番)の一つ。日本三大山城(美濃岩村城、備中松山城、大和高取城)の一つに数えられる。『巽高取雪かと見れば、雪ではござらぬ土佐の城』と景観をうたわれた。土佐の城は高取城のこと。

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和歌山城

わかやまじょう
(和歌山県)

和歌山県和歌山市一番丁にあった城。1585年(天正13年)、豊臣秀長が築城。徳川御三家の一つ紀州藩紀州徳川家の居城。8代将軍徳川吉宗は、5代和歌山城主。日本100名城(62番)の一つ。1619年(元和5年)、徳川頼宣が駿河駿府より55万5千石で入封し、徳川御三家の紀州家が成立する。頼宣は、城の大規模な拡張工事を行い、今に残る城を完成させた。紀州徳川家は、明治まで14代続く。 

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鳥取城

とっとりじょう
(鳥取県)

鳥取県鳥取市にあった城。天文年間(1532-1555年)、山名誠通が築城したと伝えられている。羽柴秀吉と毛利軍との戦いで、「鳥取城の渇殺」と呼ばれる約3ヶ月間の兵糧攻めが有名。江戸時代には鳥取藩池田氏の治下に入り、近世城郭に整備された。日本100名城(63番)の一つ。寛永9年、岡山の池田光仲と領地替えとなる。光仲入封後、12代慶徳の時に明治を迎える。

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松江城

まつえじょう
(島根県)

島根県松江市殿町にある城。別名、千鳥城。1611年(慶長16年)、堀尾忠氏が築城。望楼式五層六階の天守が現存している。宍道湖北側湖畔の亀田山に築かれ、日本三大湖城の一つでもある。日本100名城(64番)の一つ。城主は、堀尾氏、京極氏の後、徳川家康の孫に当たる松平直政公が信州松本から移封され、以来明治維新まで、松平氏10代234年間に渡り、18万6千石を領した。

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月山富田城

がっさんとだじょう
(島根県)

島根県安来市広瀬町富田にあった城。1185年(文治元年)頃、近江源氏の血を引く佐々木義清が出雲・隠岐の守護職となり、月山に居館を構えたのが始まりと伝えられている。天然の地形を利用した最も難攻不落の要塞城といわれていた。日本100名城(65番)の一つ。日本五大山岳城に数えられる。戦国時代に山陰の覇者尼子氏が本拠を構え170年間の尼子氏六代の盛衰の舞台となった。

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津和野城

つわのじょう
(島根県)

島根県鹿足郡津和野町後田にあった城。1295年(永仁3年)、地頭として鎌倉幕府から補任された吉見頼行が築城。吉見氏はこの地で十四代続く。江戸時代は亀井正矩が因幡鹿野より入封し、11代続いて明治に至る。日本100名城(66番)の一つ。

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津山城

つやまじょう
(岡山県)

岡山県津山市山下にあった城。別名、鶴山城。1441-1444年(嘉吉年間)、山名忠政により築城。応仁の乱で山名氏衰退ののち廃城となる。1603年(慶長8年)、森忠政が18万6千石で入封し津山藩が立藩し、築城。サクラの名所としても有名。日本100名城(67番)の一つ。

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備中松山城

まつやまじょう
(岡山県)

岡山県高梁市内山下にあった城。1240年、秋葉重信が築城。別名、高梁城。海抜約430mの臥牛山といわれる小松山の山上にあり、現存天守を持つ最も高い山城として有名。日本100名城(68番)の一つ。現在の天守は、1681年(天和元年)、水谷勝宗が築城したもの。江戸時代以降の松山城主はこの山城には、ほとんど登城する事なく、 麓に居館(御根小屋)を設け、日常生活や実質的な藩政一般は、ここで行われていた。

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鬼ノ城

きのじょう
(岡山県)

岡山県総社市の鬼城山に遺る神籠石式山城。7世紀後半頃、大和朝廷が築城したという説がある。標高400mの吉備高原の最南端に築かれている。どの歴史書の類にも一切記されていない謎の山城。日本100名城(69番)の一つ。史書に記載が無く、12の古代山城に該当しないものは神籠石系山城と呼ばれる。

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岡山城

おかやまじょう
(岡山県)

岡山県岡山市北区にある城。1346-1369年(正平年間)、上神高直が築城したとのが始まりだと伝えられている。1590-1597年、宇喜多直家の子、宇喜多秀家は豊臣秀吉の指導の下、石山城の脇の岡山に本丸を築き、岡山城と改名する。日本100名城(70番)の一つ。

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福山城

ふくやまじょう
(広島県)

広島県福山市丸之内1丁目にあった城。1619年(元和5年)、水野勝成が築城。歴代の藩主は、水野氏5代、松平氏1代、阿部氏10代と続き、福山城が藩治の中心になっていた。 日米和親条約を結んだ老中・阿部正弘は、7代福山城主。日本100名城(71番)の一つ。別名、久松城(ひさまつじょう)、葦陽城(いようじょう)。

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吉田郡山城

よしだこおりやまじょう
(広島県)

広島県安芸高田市吉田町吉田にあった城。1336年(建武3)、安芸毛利氏の祖・毛利時親が所領の吉田荘に下向して旧本城をい築いたのが始まりとされている。以後毛利氏代々の居城となる。関が原の役後、元和の一国一城令により廃城となった。日本100名城(72番)の一つ。毛利家歴代のお墓がある。

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広島城

ひろしまじょう
(広島県)

広島県広島市中区基町にあった城。1589年、毛利輝元が築城。毛利氏の本拠、吉田郡山城が山間であり新しい時代に対応できないと感じ、陸海の拠点であるこの地に10年の歳月をかけ築城した。日本100名城(73番)の一つ。縄張を秀吉の側近で築城の名手である黒田如水が思案した。

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岩国城

いわくにじょう
(山口県)

山口県岩国市横山にあった城。1601年(慶長6年)、吉川広家が築城。関ヶ原の合戦後、吉川家は岩国3万石に削減、移封され岩国城を築城。1615年(元和元年)幕府の一国一城政策により、吉川岩国藩は毛利一族として岩国城は破却された。日本100名城(74番)の一つ。

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萩城

はぎじょう
(山口県)

山口県萩市にあった城。1604年(慶長9年)、関ヶ原の後、広島城より防長二国36万石に大減封された毛利輝元が築城。毛利氏14代の居城となった。標高143mの指月山の山麓には本丸が築かれたことから指月城とも呼ばれる。日本100名城(75番)の一つ。1863年(文久3年)、藩主・毛利敬親は幕府に無許可で藩庁を山口政事堂(山口市)に移し、萩城は藩庁としての役目を終えた。

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徳島城

とくしまじょう
(徳島県)

徳島県徳島市徳島町にあった城。1585年(天正13年)、豊臣秀吉から阿波を与えられた蜂須賀家政が築城。幕藩時代を通じ蜂須賀家が十四代にわたって居城し、二百八十余年の間、阿波・淡路両国二十五万七千八百石を支配した。日本100名城(76番)の一つ。廃藩置県の後、城郭の建造物は取り壊され、唯一残された鷲の門も昭和20年(1945)徳島大空襲によって焼失した。

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高松城

たかまつじょう
(香川県)

香川県高松市玉藻町にあった城。1588年(天正16年)、讃岐一国を与えられた生駒親正が築城。このとき、「野原」の地名を「高松」と改めた。瀬戸内海に面して築城された海城で,日本三大水城の1つに数えられている。日本100名城(77番)の一つ。別名・玉藻城(たまもじょう)。瀬戸内海に面して築城された海城で,日本三大水城(高松城,今治城,中津城)の1つに数えられている。

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丸亀城

まるがめじょう
(香川県)

香川県丸亀市にあった城。1597年(慶長2年)、生駒親正が讃岐17万石を与えられ高松城を本城とし、亀山に支城を築く。小山を利用した城山に螺旋式に幾重にも築かれた石垣の美しさは定評がある。日本100名城(78番)の一つ。別名、亀山城、蓬莱城。

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今治城

いまばりじょう
(愛媛県)

愛媛県今治市通町にあった城。1602年(慶長7年)、築城の名手、藤堂高虎が築城。三重の堀には海水を導入した海岸平城であった。日本三大水城の一つに数えられている。日本100名城(79番)の一つ。別名、吹上城、吹揚城。

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湯築城

ゆづきじょう
(愛媛県)

愛媛県松山市道後町にあった城。1334-38年(建武年間)、伊予の守護河野通有の八男通盛によって築城されたと伝えられている。通盛は、河野氏の拠点であった風早郡河野郷(現在の北条市)からこの道後の地に移り、伊予国の政治・経済・文化の中心として以後約250年にわたって栄えた。日本100名城(80番)の一つ。

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松山城

まつやまじょう
(愛媛県)

愛媛県松山市にある城。1602年(慶長7年)、加藤嘉明が築城。海抜132mの勝山山頂部分に本丸を置き、天守は現存している。日本三大平山城、日本三大連立式平山城にも数えられる。日本100名城(81番)の一つ。別名金亀城(きんきじょう)、勝山城(かつやまじょう)。加藤嘉明は、賎ヶ岳の合戦において七本槍の一人として武勲をたてた。

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大洲城

おおずじょう
(愛媛県)

愛媛県大洲市大洲にあった城。1331年(元徳3年)、伊予国守護の宇都宮豊房が築城。戦国末期の1568年(永禄11年)までの237年の間宇都宮氏の居城であった。現在の大洲城は、戦国時代後、大洲の地を治めた各諸大名たちの造営によるもの。日本100名城(82番)の一つ。別名、地蔵ヶ嶽城、比志城、大津城。主な城主として宇都宮氏、藤堂氏、脇坂氏、加藤氏が挙げられる。

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宇和島城

うわじまじょう
(愛媛県)

愛媛県宇和島市丸之内にあった城。941年(天慶4年)、橘遠保が宇和地方の豪族となり、砦を造ったのが始まりとされている。天守が建造されたのは1601年(慶長6年)、築城の名手、藤堂高虎の築城のときとされている。城の外郭は上から見ると不等辺5角形をしている天守は現存している。日本100名城(83番)の一つ。別名、鶴島城、板島城、丸串城。

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高知城

こうちじょう
(高知県)

高知県高知市にある城。1603年(慶長3年)、山内一豊が築城。1600年(慶長5年)の関ヶ原の戦いの功績より土佐一国を与えられた山内一豊は、遠州掛川よりこの地に転入し、この城を築城。以後、明治時代まで土佐藩主山内家16代の居城となる。江戸時代に建造された天守や追手門等が現存している。日本国内に残る木造の12古天守の一つであり、日本100名城(84番)の一つ。

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福岡城

ふくおかじょう
(福岡県)

福岡県福岡市中央区にあった城。1601年、黒田長政が築城。福岡藩黒田氏の居城で、12代長知のとき明治を迎える。この地は当時、福崎といっていたが、長政は祖先の領地備前(岡山県)の福岡にちなんで改名したといわれる。日本100名城(85番)の一つ。黒田長政は、慶長5年(1600年)10月、筑前の領主となり、名島城に入城したが、治政上適地でないとみて、この地に福岡城を築いた。

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大野城

おおのじょう
(福岡県)

福岡県大野城市にあった城。665年(飛鳥時代)頃、に大和朝廷により築城された筑前四王寺山にある古代山城。四王寺山頂上域を囲むように土や石で8kmにも及ぶ城壁をつくられている。日本100名城(86番)の一つ。

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名護屋城

なごやじょう
(佐賀県)

佐賀県唐津市にあった城。1591年、豊臣秀吉が築城。豊臣秀吉の朝鮮出兵(文禄・慶長の役)に際して出兵拠点として築かれた城。秀吉の死後、大陸進攻は中止され城は廃城となった。日本100名城(87番)の一つ。周囲には130以上に上る諸大名の陣屋が構築され、全国から20万人を超える人々が集ったといわれる。

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吉野ヶ里遺跡

よしのがりいせき
(佐賀県)

佐賀県神埼郡吉野ヶ里町と神埼市にまたがる吉野ヶ里丘陵にある、弥生時代(紀元前300-300)の大規模環濠集落跡。物見やぐらや二重の環濠など防御的な性格が強く日本の城郭の始まりとも言えるもので、2006年に日本100名城(88番)の一つに選ばれた。平成元年に一般公開されたときは、中国の史書「魏志倭人伝(ぎしわじんでん)」に記された邪馬台国の姿を彷彿させ大きな話題となった。

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佐賀城

さがじょう
(佐賀県)

佐賀県佐賀市にあった城。1602年(慶長7年)、鍋島直茂・勝茂が築城。佐賀藩鍋島氏11代の居城であった。龍造寺隆信の居城村中城を拡張して築城された。本丸表門の鯱の門が有名。日本100名城(89番)の一つ。古名は佐嘉城。別名、沈み城、亀甲城。明治七年(1874)に起こった士族の乱「佐賀戦争(佐賀の乱)」では、激戦の舞台となり、鯱の門の扉には弾痕が残る。

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平戸城

ひらどじょう
(長崎県)

長崎県平戸市にあった城。1599年(慶長4年)、松浦鎮信が築城。当初は「日之嶽城」と呼ばれたが、徳川幕府に嫌疑をかけられ14年後に焼却。1704年(元禄17年)に幕府から築城許可が出て、兵学者山鹿素行の縄張により新城を再築し、3年後に完成。日本100名城(90番)の一つ。

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島原城

しまばらじょう
(長崎県)

長崎県島原市にあった城。1624年(寛永元年)、築上の名人といわれた松倉重政が築城。築城の苛酷な夫役・重税とキリシタン弾圧の結果、1637年(寛永14年)に島原の乱が起こる。日本100名城(91番)の一つ。別名・森岳城、高来城。島原の乱後、松倉勝家は責任を問われ切腹し松倉家は断絶となった。

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熊本城

くまもとじょう
(熊本県)

熊本県熊本市中央区にある城。中世に出田秀信が千葉城を築き、更に鹿子木親員が隈本城を築城した。関ヶ原の戦功で肥後一国の領土を与えられた加藤清正がこれらを取り込む形で新築城工事を1601年に開始、約7年の歳月をかけ熊本城として完成させた。三名城の一つとされ、日本100名城(92番)の一つ。

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人吉城

ひとよしじょう
(熊本県)

熊本県人吉市麓町にあった城。1204-1206年(元久年間)、相良長頼が築城。相良長頼は遠江国(現静岡県)相良の出身で源頼朝に仕えていた。元久2年(1205年)肥後国人吉荘の地頭に任ぜられ、以後明治までこの土地の領主となる。江戸時代は人吉藩2石の居城。日本100名城(93番)の一つ。三日月の文様のある石が出土したので、別名・三日月城、繊月城ともいう。

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府内城

ふないじょう
(大分県)

大分県大分市にあった城である。1597年、福原直高が築城。直高は新城を大分川の河港「荷落ち」に築くことに決心し、慶長四年に大半が完成。新城に入った後、荷落城では縁起が悪いので「荷揚城」と命名した。日本100名城(94番)の一つ。別名・大分城。豊後守護大名だった大友義統の拠点であったが、豊臣秀吉により改易された。直高改易後、竹中重利が豊後高田より入封し、築城工事を引き継いで城を完成させた。

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岡城

おかじょう
(大分県)

大分県竹田市にあった城。1185年(文治元年)、緒方惟義が築城した伝えられている。源平合戦の源義経を迎えるために築城されたと言われている。また、瀧廉太郎の名曲、「荒城の月」のモデルとされていることで有名。日本100名城(95番)の一つ。現在残されている城郭は、明治に至るまで岡藩を統治した中川公によって築城されたもの。

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飫肥城

おびじょう
(宮崎県)

宮崎県日南市にあった城。南北朝期の正平年間(1346‐70)、土持氏によって築城されたと伝えられている。江戸時代は飫肥(おび)藩の藩庁で、伊東氏14代の居城であった。日本100名城(96番)の一つ。1871年(明治4)の廃藩置県で飫肥県となり、その後、都城(みやこのじょう)県、宮崎県、鹿児島県を経て、83年に再置の宮崎県に編入された。

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鹿児島城

かごしまじょう
(鹿児島県)

鹿児島県鹿児島市あった城。1601年(慶長6年)、島津家久が築城。島津氏は鎌倉から明治までこの地の領主であった。天守は無く、館だけが並ぶ、島津70万石の大藩の居城にして質素であった。改易を免れたことによる徳川幕府への配慮があったといわれる。日本100名城(97番)の一つ。

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今帰仁城

なきじんじょう
(沖縄県)

沖縄県国頭郡今帰仁村にあった城。築城年は14世紀頃といわれ、築城主は不明。、琉球王国成立以前に存在した北山の国王・北山王の居城であった。2000年に世界遺産に登録される。日本100名城(98番)の一つ。今帰仁城(なきじんじょう)とよみ、別名・北山城。1665年に最後の監守が首里に引き上げてからは、祈祷や祭りをする場所として大切にされてきた。

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中城城

なかぐすくじょう
(沖縄県)

沖縄県中頭郡北中城村にあった城。15世紀中頃、築城家の名手と言われた護佐丸が築いたと伝えられている。2000年に世界遺産に登録される。日本100名城(99番)の一つ。中城城(なかぐすくじょう)とよむ。「ぐすく」は「城」の意味。首里王府に対抗する勝連城主の阿麻和利を牽制するために、座喜味城主であった護佐丸が国王からの命令により移り住んだ城。

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首里城

しゅりじょう
(沖縄県)

沖縄県那覇市首里にあった琉球王朝の城。創建年代は明らかではない。近年の発掘調査から最古の遺構は14世紀末のものと推定される。日本100名城(100番)の一つ。1429年から1879年まで琉球王国の国王の居城。王城は、琉球の政治、外交、文化の中心として栄え続けた。

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