伊賀上野城

(いがうえのじょう)
三重県     
城
   

三重県伊賀市上野丸之内にあった城。1585年(天正13年)、筒井定次が築城。その後、築城の名手、藤堂高虎が高さ30mあまりもある本の丸西側の高石垣で囲む等、大拡張を行う。日本100名城(47番)の一つ。別名、上野城、白鳳城。定次を失政を理由に改易、藤堂高虎が伊賀・伊勢の城主として伊予今治城から移り、自ら縄張を指図、本丸を30mの高石垣で囲み、筒井古城を大拡張した。
豊臣氏滅亡以後、元和の一国一城令では「伊賀の城」として存続を認められ、津藤堂氏の支城として明治に至った。 現在の天守は、1935年(昭和10年)、地元の名士川崎克氏が私財を投じて純木造の復興天守を再建。
伊賀上野城